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東京地方裁判所 昭和37年(行)47号 判決 1962年10月24日

原告 梅原義高

被告 国

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  原告の求める裁判

原告に薬事法第五条に基づく薬局の開設許可または許可更新の各申請義務が存在しないことを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告の求める裁判

(本案前)

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

(本案)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二原告の主張

一  原告は薬剤師で、昭和二三年法律第一九七号の薬事法(以下旧薬事法という。)のもとに登録を受けて現住地において薬局を開設し、昭和三六年二月一日に昭和三五年法律第一四五号の薬事法(以下単に薬事法という。)が施行され旧薬事法が廃止されたときよりは、薬事法附則第四条により同法により薬局の開設の許可を受けたものと見做され、現在にいたるまでその営業を継続して来たものであるが、同法第五条の規定によると右開設の許可は、その更新を受けるか又は改めて許可を受けなければ、昭和三七年一二月末日限りその効力が失われ、以後原告は薬局の営業をすることができなくなることになつている。

二  しかしながら、右薬事法第五条第一項の薬局を開設しようとする場合においては都道府県知事の許可を得なければならないものとした規定、および同条第二項の右許可は二年ごとにその更新を受けなければ、その期間の経過によつてその効力を失うものとする規定は次のごとき理由によつて無効なものである。

(一)  (憲法第一三条、第二二条違反)

薬剤師は調剤技術の専門家として、その任務の公益性の見地からきわめて厳格な資格審査を経たのちにおいてその免許を国家から与えられているものであり、国家から調剤技術の専門家としてその資格を付与されている以上、自由に調剤業務ができるものとしなければならないのに、薬事法第五条第一項は、薬剤師がその営業の場所である薬局を開設するについて重ねて行政庁の許可を得なければならないものとし、またその第二項は二年ごとにその許可の更新を受けなければならないものとし、しかも薬事法施行令(昭和三六年一月二六日政令第一一号)附則7において、地方公共団体手数料令(昭和三〇年政令第三三〇号)の一部を改正し、右薬局開設許可申請については金二、五〇〇円許可更新申請については金一、〇〇〇円の手数料を納付しなければならないものとしている。

以上のような許可制度は、薬剤師の免許制度に矛盾するのみならず、このような制度のもとにおいては、薬剤師は、その免許された薬剤師としての職業の適正な遂行を著しく妨げられ、その人権は完全に抹殺され奴隷的な搾取行政に甘んじる外はない状態である。したがつて右のごとき許可制度を定めた薬事法第五条は憲法第二二条の保障する職業選択の自由を侵害し、また、薬剤師としての個人の尊厳を侵すもので憲法第一三条に反し、無効なものである。

(二)  (憲法第一四条違反)

(イ) 薬剤師も医師もともに厳格な要件のもとにその資格を認められている職業であり、医師法第二二条薬剤師法第一九条においてはそれぞれ平等の調剤権が認められている。しかるに前記のように調剤技術の専門家である薬剤師がその調剤所である薬局を開設しようとするときは、あらためて薬局開設の許可を得なければならないのに、医師の調剤所である病院または診療所の調剤所の開設についてはなんらの制約がないのは、なんら合理的な理由なくして医師と薬剤師との間に不当な差等を設けるものであつて、右のごとき許可制度を定めた薬事法第五条は憲法第一四条の保障する法の下における平等の原則に反する無効なものである。

(ロ) さらにまた、薬事法によると薬剤師でない者も薬局を開設することができることになつているが、かかる無資格者が薬局を開設しようとする場合も、薬剤師が薬局を開設しようとする場合も、均しく都道府県知事の許可を得なければならないものとするのは、調剤技術の専門家である薬剤師の能力と一般人の能力との差異を全く無視しているものであり、人間社会においては各個人の社会的能力に応じて差別的取扱いをすることは決して排斥さるべきことではなく、(たとえば医療法第七条、第八条に明らかのように、医師歯科医師助産婦とその資格を有しない者との間には、診療所や助産所の開設について区別がされている。)むしろそのような取扱いをすることこそ法の下における平等に他ならないのであるから、右のごとく薬剤師と、その資格を有しない者との間になんらの差等を設けない薬事法第五条の規定は憲法第一四条の法の下における平等の規定に反する無効なものである。

(三)  (憲法第二九条違反)

前記のごとく薬事法第五条に定める薬局の開設許可または許可更新申請には同法施行令地方公共団体手数料令によりその定める手数料を納入しなければならないことになつているが、薬事法自体には右の手数料に関する規定は何もない。このように法律に定めのない手数料を行政庁の命令によつて徴収しうるものとするのは、申請者の財産権を不当に侵害するもので憲法第二九条に反する。このような手数料の納入を前提とする薬事法第五条の許可制度は憲法第二九条に違反する無効なものである。

三  以上のとおり、薬事法第五条は憲法に反する無効なものであるから原告が昭和三八年一月一日以降も薬局を開設するについて、同条により都道府県知事に対し薬局開設の許可またはその更新を求める義務は存在しないものというべきである。よつてその確認を求める。

四  被告の本案前の主張についての反論

原告一家の生計は原告の現在の薬局営業により維持されているのであつて、もしも原告が昭和三七年一二月末日限り営業を継続できないことになると原告一家の生存に重大な脅威となることは明白である。このような場合には事前に裁判所に対し救済を求めても三権分立の原則に反するものではなく、また、憲法は何人にも裁判所において裁判を受ける権利を保障しているのであるから被告の主張は理由がない。

第三被告の主張

一  本案前

原告の本件訴は、その経営する薬局の開設許可が失効した後、その許可の更新または許可を受けないで営業を行えば、なんらかの行政処分あるいは罰則の適用を受ける虞れがあるので、それを未然に防ごうとするものであり、結局行政処分がされる前に、裁判所に対し行政庁を拘束するような内容を持つ判決を求めるものであるが、わが国の現行法においては、行政法規の執行は行政権に委ねられ、裁判所は具体的な行政処分がされた後にその処分が違法であるかどうかを判断して司法的救済を与えるのをその職分とされているのであるから、このような訴は許されないものである。

二  本案に対する答弁

(一)  原告主張の事実中第二の一の事実は認める。

(二)  同二の薬事法第五条が憲法に反するとの主張は争う。

第四証拠関係<省略>

理由

一、まず原告の本件訴の適法性について考えてみると、原告の本訴請求の趣旨は、原告は旧薬事法に基づき薬局開設の登録を受けた者であるところ、新薬事法附則第四条により同法第五条による許可又は許可の更新を受けない限り昭和三七年一二月末日限り薬局の開設ができないことになつたが、右法律第五条の規定は憲法に違反して無効であるから、右許可又は許可の更新を受けなくても昭和三八年一月一日以降も薬局の開設ができる権利のあることの確認を求めるというにあると解すべきであり(原告は薬事法第五条に基づく薬局の開設許可又は許可の更新の申請義務の不存在確認を求める旨陳述しているが、原告から申請がなくてもその結果は申請に基づく許可又はその更新がなされず、従つて適法に薬局を開設しえないというだけで、申請自体はこれを原告の義務とみるべきものでないというべきであるから、結局その真意は上記のとおりであると解するのが相当である。)また一般に行政庁のなんらかの処分をまつまでもなく、法令自体が直接国民の権利義務に影響を及ぼすような場合には、その法令により権利義務に直接の影響を受ける国民は国に対しその法令の無効確認あるいは当該無効法令に基づく権利義務の存在、不存在等の確認を求めて裁判所に提訴することは、許されるものと解すべきところ、原告は右薬事法の規定により新たに薬局開設の許可又はその更新を得ない限り昭和三八年一月一日以降薬局の開設をなしえないことになつたというのであるから、(その主張によれば)その権利に直接の影響をうけたものというべく、かかる場合には右規定が無効であることを理由として新たに薬局開設の許可又はその更新をうることなく昭和三八年一月一日以降も薬局を開設しうる権利を有することの確認を求める訴を提起しうるものというべきである。

この点について被告は本訴のごとき請求は行政処分がされる前に行政庁を事前に拘束することを目的とするものであつて許されないと主張するが本件の場合は原告の申請のない限り行政庁の薬局開設の許可又はその更新の行政処分はありえないのであり、原告は申請に基づく許可又は更新の適否を争うものでなく、その前の許可の制度自体を定めた法律による権利侵害の適否を争つているのであるから、本訴のような請求は行政庁の処分をまつて始めて司法審査をすべきものとはいえないものであり、従つて行政庁を事前に拘束することを目的とする許すべからざるものということはできない。(原告が右薬事法の規定に反して薬局を開設した場合には罰則の適用(これは行政処分ではない。)、薬剤師法第八条第二項による薬剤師の免許の取消処分等がありうることが考えられるが、これらの処分は、別個の立場から考慮される事項であつて、それら処分のあるまで、本訴のような請求による権利救済を待つべきものとすることはできない。)

そうだとすれば原告の本訴請求は結局適法のものとして許さるべきものといわなければならない。

二、そこで進んで薬事法第五条の許可又はその更新を定めた規定の効力について考えるのに、同法条において、薬剤師の資格の有無にかかわらず、薬局の開設を都道府県知事の許可にかからしめ、かつ、その許可を二年ごとに更新しなければならないものとしたのは、同法第六条の趣旨からも窺われるように、薬局を開設するについては同法第八条に示されるように薬剤師の存在が必須の要件ではあるけれども、その他にも相当な物的設備を必要とし、しかも薬局が広く公衆の求めに応じて調剤を行なう機関であつて、国民の保健衛生上極めて重要な機能を営むものであるため、薬局の開設者や薬剤師が薬局経営の適格性を有し、物的設備が、保健衛生機関としてふさわしいものでなければならず、また、それが常に維持されなければならないという要請に基づくものであつて薬局の開設が薬剤師の免許とはまた別の公益的見地から規制されるべきものとしていることによることは明白である。しかして、右のごとき要請のために一般的に薬局の開設を禁止し、これを行政庁の許可又はその更新にかからしめることは合理的な理由を有するものと認められ、これが原告の主張するように、薬剤師の免許制度と矛盾するとも解せられないし、また、憲法の保障する職業選択の自由、個人の尊厳を侵すものとはいえない。また医師が病院又は診療所の調剤所を開設するについて特に許可を要しないことは原告主張のとおりであるが、憲法第一四条にいう「社会的身分」とは出生によつて決定される社会的地位または身分を指し人の能力、努力等によつて得られた社会的地位又は身分に応じて異つた取扱いをすることは同条の禁ずるところではないものと解すべく、また医師の調剤はその本来の業務である診療に附随してこれをなすものであるのに対し薬剤師の薬局における調剤はその本来の業務として行われるものであるから、その間に差別を設け医師の診療所又は病院における調剤所の開設と薬剤師の薬局の開設とについて異なつた取扱いをしたからといつてそれが同条に違反するものとはいうことはできないし、薬剤師の薬局の開設につき薬剤師でない者のそれと同じく都道府県知事の許可を得べきものとしても、憲法第一四条の右法意に照らし、また、前記のような合理的な理由のある以上、医師等の診療所等の開設につき、その資格を有しない者との間に区別がなされているからといつて、これをもつて法の下の平等の原則に反するものといえないことは明らかである。

さらにまた、右許可更新申請について、地方公共団体手数料令(昭和三〇年政令三三〇号)第一条百二十二(薬事法施行令附則7の改正による。)によると金一、〇〇〇円の手数料を納付しなければならないが、行政庁が法律の委任等により立法権を侵さない合理的な範囲内で必要事項を政令等により定めることは我国法上認められているところであり、本件においては右のような手数料の徴収は地方自治法第二二二条第二項により政令に委任されているのみならず、右金一、〇〇〇円の手数料が政令において定めうる合理的な範囲を逸脱しているものと認めるべき特段の事情は認められないので、右手数料を定めた政令の規定が憲法第二九条、第一三条、第二二条その他の条項に違反することはないといわなければならず、仮に右政令の規定が無効であるとしても、これによつて手数料を徴収し得ないだけで、薬事法第五条の効力とは関係がないことは明白であるから、原告の主張は理由がないというべきである。

三、以上のとおり、薬事法第五条(ないし附則第四条)の規定が憲法に反し無効であるとする原告の主張はすべて理由がないから、原告の本訴請求はその余の判断をまつまでもなく失当として棄却されるべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 位野木益雄 田嶋重徳 清水湛)

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